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よもぎひらの日々の出来事 和泉屋のブログ

今日のイカペディア|2011年12月18日(日)

蓬平温泉の起源2

おはようございます。
イカピーこと五十嵐です。
好きな野球チームは中日ドラゴンズです。

手田さん、さっそくのコメントありがとうございます。
来年はお子さんも一緒にお越しいただけたら嬉しいです(^-^)

前回は南北朝時代の日本史で終わってしまいましたが、
今回こそ蓬平の歴史について語らせていただきます。

前回の当コーナーで、北朝サイドの足利氏が勝利し南朝サイドの楠木氏が敗北した戦争について語りました。
実はわれら蓬平はそのバトルで負けた、楠木さんに縁があるんです。
楠木一族の中心格の1人に楠木正儀(まさのり)という人がいて、その部下に高野木民部(こうのぎみんぶ)という人がいました。
その高野木さんが今回の主役です。
1390年、楠木一族の敗北はほぼ確定し、南朝はどんどん衰えていました。
そんな中で高野木さんの上司、楠木正儀の戦友だった和田さんという人が、京都から離れて越後の栃尾(現在の新潟県長岡市栃尾)に逃げ延び、
反撃のための準備をしているという情報が入りました。
その手助けをするために、上司の正儀さんから高野木さんは越後に派遣されました。

一刻も早く、和田さんを助けに行こうと高野木さんは馬を飛ばします。
京都を出発し福島・会津を超えたあたりで、無理がたたり、以前に足利軍との戦争で受けた古傷が開いてしまいます。
それに長旅での疲れも重なって、どんどん病状が悪化。
何とか越後に入り、竹之高地という土地で瀕死の状態になってしまいます。
「このままでは無駄死にだ。あとはもう神頼みしかない」
彼は日頃より、地元の奈良の神社に祈りをささげる敬虔な信者でした。
瀕死で意識も朦朧とする中、日々祈りを捧げている龍神に神頼みをしました。

さて、ドラゴンに祈りは届くのでしょうか?
続きはまた次回に。

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